『アガサ・クリスティ ABC殺人事件』は同名の人気小説をゲーム化したミステリーアドベンチャーだ。
プレイヤーは名探偵・ポアロとなって、連続殺人事件に挑む。事件現場を捜査したり、関係者への尋問、推理を繰り返しながら、じわりじわりと犯人を追い詰めていく。
原作を再現した世界観、ポアロの立ち居振る舞いや言葉遣いまでこだわった作品で、ファンのみならず、はじめてシリーズに触れるプレイヤーも原作の雰囲気を十二分に味わえる。
この記事では『アガサ・クリスティ ABC殺人事件』のレビューをお届けする。
あらすじ
名探偵・ポアロのもとにABCと名乗る人物から犯行予告の手紙が届いた。
「21日にアンドーヴァーで何かが起きる」
当日、アンドーヴァーでアリス・アッシャーが殺され、現場にはABC鉄道案内が残されていた。ポアロは相棒のヘイスティングズとともに捜査を開始するが、犯人を見つけられない。
そして次なる犯行予告が届く。
「次はベクスヒル・オン・シーに注意しろ 25日だ」
登場人物
エルキュール・ポアロ
英国を代表する名探偵。
ベルギー出身で、英語の合間にフランス語を織り交ぜた会話が特徴的。
アーサー・ヘイスティングズ
ポアロの友人兼相棒。
元軍人で正義感が強く、女性にやさしい。
レビュー
あの名作にゲームならではのインタラクティブ性を追加
『ABC殺人事件』は、まずアンドーヴァー(Andover)でアリス・アッシャー(Alice Ascher)が殺され、次はベクスヒル(Bexhill)で、ベディ―・バーナード(Betty Barnard)が……というように犯行場所と被害者がABCのアルファベットにちなんで選ばれる連続殺人事件だ。
アガサ・クリスティの作品のなかでも知名度が高く、オマージュ作品も数多く作られている。
日本でも有栖川有栖、法月綸太郎、恩田陸など、名だたるミステリー作家たちの本作をテーマにした作品を集めたアンソロジー『ABC殺人事件』(講談社文庫,2001)が出版されている。
デヴィッド・スーシェがポアロを演じたドラマシリーズ『名探偵ポワロ』も有名だ。原作を研究したスーシェの演技は小説から飛び出してきたようで、ポアロといえばこの人と思い浮かぶほど。ドラマはNHKでも放送され、熊倉一雄の茶目っ気のある吹き替えも魅力だ。
原作小説、ドラマ、ゲームで描かれる話の筋は同じだが、構成や演出にはそれぞれ違いがある。
原作は長編小説で、ポアロの相棒・ヘイスティングズの視点で物語が進行する。描写が緻密でポアロが真相を解き明かすまでを丁寧に書いている。
ドラマは90分程度の尺で事件が次々と起こり、スペクタクルである反面、原作からカットされるシーンも多い。
筆者は原作とスーシェ版のドラマに触れているが、本作(ゲーム)は両方の良さが詰まったシナリオになっていると感じた。
ゲームは原作小説をベースにしながら、キャラクタービジュアルはドラマ版から影響を受けているように思う。そこにゲームならではのインタラクティブ性を追加している。
たとえば、アッシャー夫人殺害の第一容疑者と目されていた夫のフランツと警部の会話。
原作では会話のシーンが設けられており、その時点でアリバイの言及があり、フランツは犯人から除外される。
ドラマ版では警察内ですれ違い、二言三言話す程度で終わる短いシーンだ。ポアロがフランツに関心を持たない様子から視聴者は彼が犯人ではないことを察する。
ゲーム版では泥酔したフランツを起こすためのひと手間があり、その後にポアロが尋問する。これらはゲームならではのインタラクティブな要素であり、プレイヤーがポアロになりきって物語を追体験できるようになっている。
ゲーム版には原作小説との視点の違いを上手く作品に織り込んでいるシーンもある。
原作小説ではヘイスティングズがアッシャー夫人の店の横にある八百屋でイチゴを買うが、汁が染み出しているような代物で「安い八百屋でイチゴを買ってはいけない」とポアロにお説教される。
読者はバツの悪そうなヘイスティングズの顔が思い浮かべ、クスッと笑うところだ。ポアロの神経質な一面も垣間見える。
ポアロ目線で描かれるゲーム版ではどのように料理されるのか。
犯行現場となった店舗のカウンターにイチゴの汁が染み出た紙袋が置いてある。原作ファン向けに置かれた小ネタであることは確かで、制作チームの茶目っ気が感じられた。
殺害方法が少し変わっていたり、推理を補強するために被害者の関連性が追加されているなど、原作小説との違いはあれど、作品をリスペクトした作りだと感じた。
ポアロ愛が炸裂!いかにポアロになりきるかを重視するゲームシステム
本作ではプレイヤーがいかにポアロになりきれるかがポイントとなっている。
ポアロらしさとは、もってまわった言い回しで一見関係のなさそうな質問を繰り返し、いつのまにか相手の本音を引き出す尋問や鋭い洞察力。紳士としての身だしなみへのこだわり。物が少しズレているのが納得できないほどの几帳面さだ。
ゲームでは、
- 推理を成功させる
- 尋問でポアロらしい問いかけする
- 鏡の前で身だしなみを整える
など、ポアロらしい振る舞いをするたびに「エゴポイント」が溜まる。クリア後のエゴポイントを見ればプレイヤーがいかにポアロになりきれているか分かる仕組みだ。
600点のうち、471点だった……
ポアロへの道はまだまだですね。友よ(モ・ナミ)
ゲーム内では「わたしの灰色の小さな脳細胞を動かしましょう」の一言とともに推理パートがはじまる。
原作でおなじみのワード「灰色の脳細胞」はポアロが自身の頭脳を指して言うワードだ。
推理パートでは、ポアロの問いに対して、それまでに集めた証言や物的証拠を当てはめ、真実を探し出す。
ポアロになりきって推理するのは楽しく、1回で正解にたどり着けたときには満足感がある。いろいろな証拠の組み合わせを試せるので、間違えて失敗とはならない。推理の得意・不得意にかかわらず楽しめるはずだ。
冗長で意味が見いだせないパズル
ゲームは主に3つのセクションで構成されている。
犯行現場や関連場所の探索
関係者の観察・尋問
上記から得た証拠を基にした推理
尋問や推理はシンプルで楽しいが、探索には不満が残った。
現場を現場を歩きまわって証拠を探すパートは捜査の醍醐味だ。地味だが、推理のための重要な土台となる部分であり、周囲をつぶさに観察するのがポアロらしさでもある。
しかし、ゲームとしては単調だと考えたのか、捜査の合間にやたらとパズルが挿入される。筆者はこれにうんざりした。
パズルによって、せっかく作り上げた世界観が壊されているし、ストーリーのテンポ感も悪くなっている。
パズルがやりたいときはパズルゲーム買うから!
小さすぎる字幕
ローカライズの質は悪くない。字幕が異常に小さい上に1行の文字数も多いため、字幕がかなり読みにくい。
オプションで文字の大きさを変更することもできないため、画面近くでのプレイを余儀なくされた。
ローカライズされたPS4版は2017年発売。アクセシビリティへの関心が高まっている現在から見ると、字幕の文字サイズ変更ぐらいはさせてほしかった。
総合評価
総評:良い
3.5/5
『アガサ・クリスティ ABC殺人事件』は同名小説をゲーム化したミステリーアドベンチャーだ。
アガサ・クリスティ作品のなかでも著名な名探偵・ポアロを主人公とする物語で、原作ファンが喜ぶ小ネタがあったり、ポアロらしい言動でポイントが増えるなど、原作愛に満ちた作品だった。
一方でゲームとしての都合で入れられたようなパズルは物語のテンポを乱しており、字幕の小ささはユーザーフレンドリーとは言えない。
「ABC殺人事件」って聞いたことあるけど、原作を読むのはちょっとな……と思っているゲーム好き、ポアロファンにはおすすめしたい作品だ(パズルはスキップで)。
- 原作愛にあふれた世界観
- ポアロらしさにこだわったゲームシステム
- 意味の見出だせないパズル
- 小さすぎる字幕
『アガサ・クリスティ ABC殺人事件』
- 対応機種:Nintendo Switch、PlayStation 4、PC
- 発売日:2020年12月17日(Switch)、2017年4月28日(PS4)、2016年2月4日(Steam)
- 開発元:Artefacts Studio、Tower Five
- 発売元:Microids
- ジャンル:ミステリーアドベンチャー
- 筆者プレイ時間:6時間30分
- レビュー時のプレイ機種:PS4
※2024年3月27日時点
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