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INDICAVA INTERACTIVEは当初2人で設立された。『The Bunker』や『Late Shift』といった先行作品を見て、韓国内でもインタラクティブムービーの需要があるのではないかと考え、2018年に本作の開発をスタートさせたそうだ[1][2]。
途中、アーティストであるKALSENの加入[1]やクラウドファンディングでの資金集めを経て、2021年に本作をリリース。同年のKOREA GAME AWARDSでベストインディーゲーム賞を受賞している。
タイトルの『母胎ソロ』とは生まれてから一度も恋愛経験がないことを意味する。主人公であるカン・キモもそのひとりだ。本作ではキモがソゲティン(知人の紹介で男女が会うこと)する様子が描かれる。
キモの行動は奇妙かつコミカルで、プレイしていてつい笑ってしまう部分が多い。その裏には俳優の丁寧な役作りや細部までこだわった設定が垣間見えた。一方で「モテないことを笑う」といった今日では時代錯誤とも感じる風潮を本作がどう描いたのかにも触れていきたい。
この記事では『母胎ソロ』のあらすじ、登場人物を紹介した後、ゲーム内容をレビューしていく。
- コミカルな作品が好きな人
このゲームは恋愛を楽しむゲームではなくて、あくまでも恋愛に至る以前のデートの部分までを体験するゲームであることに注意してほしいわね。
『母胎ソロ』あらすじ
カン・キモは30歳を目前にして、ソゲティンを繰り返していた。
連敗続きのキモは友人・セチと酒を酌み交わし、次の女の子を紹介してもらうことになる。
後日、カフェで待つキモの前に現れたのはユミだった。
『母胎ソロ』登場人物
カン・キモ
29歳、IT企業でシステムエンジニアとして働いている。
友人たちには母胎ソロであることをからかわれており、早く恋人を作らねばと焦っている。
キム・ユミ
就職活動に苦戦している。
気分転換にキモとのソゲティンにやってきた。
『母胎ソロ』レビュー
絶妙にウザいキモと懐が深いユミ、役者の演技が光る
『母胎ソロ』で一番印象に残ったのはキャラクターだ。
主人公のキモは一見すると清潔感があって、それほどモテない人物には見えないが、いざ話し始めるととにかくウザい。どうしようもないボケを披露して自ら笑ったり、真剣に話しているのに他の女性を目で追ったり、初対面で元カレと別れた理由を聞いたりとイライラさせるワザは名人級である。
これじゃモテないよ……。
キモの個性的なキャラクターはシナリオや演出だけではなく、キモを演じたパク・チャンホ氏の役作りが大きい。
収録されているインタビューや台本の読み合わせ映像を観るとチャンホ氏のキモというキャラクターへの向き合い方が分かる。キモの振る舞いから「キャラメルマキアート」の言い方に至るまでキャラクターの細部にまでこだわって役作りをしていた。その結果として、記憶に焼き付いてしまうほどウザい、カン・キモが生まれたのだ。
チャンホ氏は当初、キモの親友・セチ役を希望していたとコメンタリー映像で明かされているが、本作を何度もプレイした今、キモ役はチャンホ氏以外ではまったくイメージできない。まさにハマり役だった。
一方で相手役となるユミは落ち着いた性格で、キモの行動に戸惑いつつも大人な対応をする。カフェで支払いができなかったときも少し引き気味ではあるが、気遣って代わりに支払いするなどの配慮も見せていた。
キモが失礼を繰り返すと我慢の限界を超えて怒り出すのだが、ここまでされたらさすがに手が出るのでは?と思うような場面でも激しい言葉遣いになる程度。言い合いになるシーンでも自分は悪くないのに先に謝るなど、怒ったときの対応もまた大人だ。
どれほどイライラするのかと言えば、ユミ役のイ・ダヨン氏が本作収録のインタビューで、実際にキモとソゲティンをしていたら「水を……(筆者注:かける動きをしながら)」と言ってしまうほど。
それほどまでにウザいキモを相手にしながら、なんとか対応しようとしているユミを見ると、同じように冷静に見なくては……とひと心地つく。
ダヨン氏の演技は自然体で、ユミが内面に持つやさしさが引き出されている。会話がノッてきたときのおだやかな笑顔はかわいらしく、作中で見せるさまざまな表情が魅力的だ。
困惑する表情でもシーンごとに微妙な変化があり、キモをどれぐらい不快に思っているかが映像を通して伝わるような演技を見せている。
イ・ダヨン氏のインスタannyallyoungもかわいい!
脇役の個性にも際立ったものがあった。
キモの親友・セチは自分が母胎ソロではないからと先輩風を吹かせて、ろくでもないアドバイスをしてくる。上から目線の態度には少しイラッとするが、キモのやけ酒に付き合ったり、ソゲティンをセッティングしてくれたりと友達思いの面もある。ちょっと厚かましい演技にリアリティがあった。
キモが参考にしている恋愛講座のDr.カサノも良いキャラクターだ。出会いから恋愛まですべてを教えてくれるというが、真っ赤なジャケットにスカーフを巻き、バラを片手に登場する姿はいかにも胡散臭い。自信満々にアドバイスを繰り返した挙句、エンディングでは「自分の人生なのに他人に任せちゃダメです」などと急に責任逃れするところにもおもしろみを感じた。
登場するキャラクターは誰もが個性的で、その演技によってコミカルでドラマチックな作品となっていた。
本編ではあまり出てこないキモとセチの親友・ソナちゃんもかわいかった!(またしてもインスタbigbadchuuuをチェックしてしまう)
母胎ソロの描き方には時代錯誤感が否めないが、良い一面も
本作では、母胎ソロ(=生まれてから一度も恋愛経験がない)を題材とし、恋愛経験がないこと、モテないことを笑いのタネにするという描き方だ。
キモの友達グループ(クルミーズ)のグループチャットでは低俗な話題が繰り広げられており、筆者自身は正直、笑えなかった。嫌悪感を抱く人もいるだろう。
しかし、本作は母胎ソロを茶化しているだけではない。キモを演じたチャンホ氏は本作収録のインタビューで、「相手が母胎ソロと言ったら 何か人格や性格に問題があるということで事前にこうやって怖がる人が多いと思います。(中略)こういう偏見を破ることができる そういういい作品になると思います」と述べている。
プレイ中はキモの奇妙な行動や失礼な会話に辟易することも多いが、本来の彼は真面目な性格だ。恋愛できないことによって、自分が世間の”普通”から外れてしまい、焦っている。だからこそ、変な動画や友人の言うことを疑わず真に受けて行動したり、よく見られようとした結果、変な行動になってしまうのだ。
本作ではキモ本来の姿が垣間見えるシーンがある。就職活動が上手くいかず、自暴自棄になったユミからの問いにキモが自分の言葉で答えるシーンだ。
今までのどこかふざけたような態度ではなく、拙いながらもユミのことを考えて、話すキモの姿はとても誠実に映った。彼がソゲティンで取るべき行動は付け焼き刃のモテテクニックなどではなく、しっかりと相手のことを考えて話せる誠実な態度だったのだ。
チャンホ氏が述べたように、本作ではキモが本来持っている良さを見せることで、母胎ソロというレッテルで判断するのではなく、個人の内面に触れてこそ、その人の良さが伝わるということを描きたかったのではないだろうか。その試みは評価したい。
でも、キモはユミの真面目な話を聞いてるときも他の女性を見てるんだよな……。
豊富なエンディングと飽きさせない大ボリュームの映像、ボーナストラックはかなり見応えアリ
『母胎ソロ』はムービー中に表示される選択肢によって好感度が左右され、それによってエンディングが分岐する。エンディング数は8つで、別途バッドエンドが4つある。
1つのエンディングを見るまでのプレイ時間は1時間半程度で、ドラマを見るような感覚でプレイできる。
インタラクティブムービーの欠点は周回プレイ時に何度も同じ映像を見ることだが、本作では一度再生したパートは選択肢までスキップできるため、わずらわしさは感じなかった。
チャプターが細かく分かれており、戻りたいチャプターを選べばすぐにプレイができる。選択肢を変えるとどうなるのか試すのも簡単だ。
ボーナストラックも楽しかった。「スケッチギャラリー」と呼ばれるオフショットのほか、「スペシャルストーリー」「ビハインドカット」まで豊富に用意されている。それぞれ特定のエンディングクリア後など解放条件があり、映像が見たいがために周回プレイをしてしまった。
スペシャルストーリーでは、エピローグやキモとユミがソゲティンする前の心境、「母胎ソロの一日」と題されたドキュメンタリータッチの映像まで数多くの動画がある。どれもが本作の雰囲気を壊さずにストーリーを補完する役割を果たしており、製作の本気度を感じた。
ビハインドカットではインタビューやコメンタリーのほか、オーディション映像や台本の読み合わせ映像まで収録されており、製作の裏話にとどまらない、俳優の素の表情が映し出されていた。
おもしろくて、全部見てたら2時間半近く経ってたよ!
細かすぎるほど丁寧に作られた設定がキャラクター像を浮かび上がらせる
『母胎ソロ』はともすれば見逃されてしまうような細かい部分までこだわって作られている。
キモがカフェで見ているスマートフォンにはMessenger、Social App、VideoAppが並んでおり、アイコンをタップすれば内容が表示される。
Messengerを開けば、ユミや親友のセチ、ソナから課長、銀行のアカウントまでさまざまなチャットがあり、それぞれにテキストが入っている。
過去にキモがソゲティンした相手とのチャットではキモが空回りしている様子が分かったり、親友たちとの距離感や課長とのチャットで勤め先がブラックっぽいところまで仕込まれている。
親友2人はセチ、ソナでそれぞれチャットがありつつ、別に3人のグループチャットがあったりして、なかなかリアル。
チャットには返信できるものもあり、キモが選択肢のなかからメッセージを入れると相手も返信してきて、チャットが続いていく。その内容で登場人物たちの人となりが知れるのがおもしろく、筆者はユミに会う前にこのMessengerだけで15分も費やしてしまった。
某写真共有SNSのようなSocial Appにはキモをはじめ、セチやソナ、ユミのアカウントも用意されており、それぞれのアカウントが閲覧できる。Messengerと同様に人物像が伝わってくるものでありつつ、本編の選択肢に関わるヒントが隠されている投稿もあり、グッドエンディングを目指すには欠かせない機能ともなっている。
実はキモのインスタアカウントkimo_1016もあるよ。
スマートフォンをテーブルに置いて、カフェのなかを見て回ることもできる。ユミに好印象を与えられるアイテムや選択肢のヒントが隠されているため、チェックしてみると良い。その場の空気が感じられるセクションで、いろいろと見ていくと雰囲気がより伝わってきた。
細部まで作り込んだ設定はスマートフォンなどに入れ込んでしまうことで、本編中に説明チックなパートを挟むことなくストーリーがスムーズに進行していた。
設定に興味がない人はスマートフォンを触ったり、カフェを見回ったりすることなく、本編をはじめればよいし、もっと深く知りたければMessengerなどを見れば、キャラクターの背景を理解できる。プレイスタイルに合わせた楽しみ方ができるのも良い点だ。
見始めたら気になって全部見ちゃうと思うけどね!
翻訳は多少気になる点はあるが、悪くない
『母胎ソロ』のような会話が主体となるゲームを楽しめるかどうかは翻訳のクオリティによる。
本作の翻訳は完璧とは言えないが、意味がわからないものは少なく、プレイに支障をきたすものはなかった。
「コーヒーが出たね(できたね?)」「すごくないんですか?(すごくないですか?)」など一部に誤字が見受けられたが、「誕プレ」「陰キャ」と言った時代に即した言葉遣いやシーンに合わせて関西弁を使用したり、~っぽい、~じゃんのような口語表現もあった。
◯◯な女ってやたらと言うのが気になったな。
「女」って言い切るのはちょっと失礼な表現よね。
『母胎ソロ』総合評価
総評:非常に良い
4/5
『母胎ソロ』は優れたインタラクティブムービーだ。
生まれてから一度も恋愛経験がない”母胎ソロ”であるカン・キモが知人の紹介でユミと出会い、一時の会話を楽しむ。
キモやユミから脇役たちまで、俳優たちの役作りや演出によってそれぞれの人物像がしっかりと浮かび上がり、個性的なキャラクターがコミカルなストーリーを彩った。
豊富なボーナストラックやキモのスマートフォン内コンテンツは本作の補完的位置づけを超え、単体でも楽しめるほど作り込まれていた。
“モテないことを笑いにする”時代錯誤な一面もあるが、母胎ソロの見られ方を変えようと、もがいた跡も見えた。
本作はコミカルなインタラクティブムービーを遊びたいプレイヤーにおすすめしたいゲームだ。
- 役作りや演出によって作られたクオリティの高いキャラクター
- 見ごたえがあり、単体でもおもしろいボーナストラック
- キャラクターの背景を感じさせる細かな設定
- モテないことを笑いにするという時代錯誤感
『母胎ソロ(モテソロ)』
- 対応機種:Nintendo Switch、PS5、Xbox Series X|S、PC
- 発売日:2023年11月30日(Switch/PS5/Xbox)、2021年6月10日(Steam)
- 発売元:INDICAVA INTERACTIVE、CFK(Switch/PS5/Xbox)
- 開発元:INDICAVA INTERACTIVE
- ジャンル:インタラクティブムービー
- 筆者プレイ時間:9.5時間(全エンディング&ボーナストラック視聴まで)
- レビュー時のプレイ機種:PC(Steam)
※2023年11月30日時点
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本記事執筆にあたり、Masa Kei氏(@MasaK22555597)に情報提供頂きました。ありがとうございました。
【参考】
[1][인터뷰] 인터랙티브 무비 ‘모태솔로’ 개발자는 모태솔로가 아니었습니다(https://www.thisisgame.com/webzine/news/nboard/265/?n=112410)
[2](모태솔로)탈출보다 어려운 인터랙티브 게임 개발 – 인벤(https://www.inven.co.kr/webzine/news/?news=265135)
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