『最近の日常的不可思議 Monday Loop』はPlastic Tekkamaki Manufacturingが制作したフリーのデジタルノベルだ。本作は同プロジェクトにとって3本目のタイトルとなる。
すでにリリースされている2作品『深夜徘徊のための音楽 beats to relax/stray to』、『非実在都市伝説の作法 Imaginary Fakelore』は気怠げなテキストとLo-Fi HipHopサウンドがマッチした独特の”ゆる感”が魅力的な作品だった。
本作は2作目から主人公を引き継ぎ、過去作に近い”ゆる感”を保ちながら、“ループもの”に挑んでいる。
このレビューではPlastic Tekkamaki Manufacturingが”ループもの”をどのように表現したのか、独特な解像度のギャップがもたらす心地よさに迫っていく。
ジャンル | デジタルノベル |
制作 | Plastic Tekkamaki Manufacturing |
プラットフォーム (リンク) | PC(Windows) ブラウザ (配布サイト) |
プレイ時間 | 3時間25分 |
- いわゆる「面倒くさい女」が好きな人
- オカルトが好きな人
- リラクシングな音楽が好きな人
『最近の日常的不可思議 Monday Loop』あらすじ
主人公・瑛(エイ)は雑食系フリーライター。出版社を辞めてから1年が経ち、オカルトや食レポ、映画などさまざまなジャンルの記事を書いて食いつないでいる。
今日はオカルトニュースサイトに連載予定の記事のドラフトを書き上げ、次の取材のため「パーラー はちドル」へ向かう。
看板商品のコーヒーの味に困惑していると女子高生(理素/リソ)から声をかけられる。
馴れ馴れしく話しはじめた理素は近くに座っている後輩・ミズミとともに同じ1日を何度も繰り返しているという。
瑛はしばらく話を聞いていたが、理素の傍若無人な振る舞いに付き合いきれず、その場を離れた。
翌日、瑛が目を覚ますと昨日書いたはずの原稿は無くなり、使ったはずの歯磨き粉は量が減っていない。恐怖を覚え、はちドルに向かうと理素とミズミが待っていた。
瑛は2人と同じ月曜日のループに迷い込んでしまった。3人は協力してこのループからの脱出を試みる。
『最近の日常的不可思議 Monday Loop』レビュー
ギャップが生み出す浮遊感
『最近の日常的不可思議 Monday Loop』のビジュアルは不鮮明で縞模様のノイズが乗り、BGMはリズムはヨレてチリチリとした薄い雑音が浮かび、ボヤケた世界を作り出している。
それに比べて、テキストはクドいほど細部まで描写されている。どれも身近で自分が知っているもの、見たことがあるものばかり。
激安スーパーで買った冷凍食品や、タレもからしもついてない納豆と、白米とかを。
『最近の日常的不可思議 Monday Loop』より
ただ”納豆”と書かれたのでは足りない。”タレもからしもついてない納豆“と一段階掘り下げた言葉から瑛がなんとか食いつないでるフリーライターなのだと伝わるし、生活感が出てくる。
そのままAmazonで指輪買わされたりしてな。「令和最新版 婚約指輪 エンゲージリング 新婚用」なんて名前の、胡散臭いやつを。
『最近の日常的不可思議 Monday Loop』より
Amazonの検索結果を荒らしに荒らしている”令和最新版”も良い。
商品名の冒頭にはブランド名を入れることが推奨されているが、現在のAmazonの検索結果は粗悪な業者の”令和最新版”が並んでいる。この一文が今という時代を映し出している。
不鮮明なビジュアルと不安定なリズムのBGM、現実を映し出すテキストの克明な描写を混ぜ合わせ、意図的に解像度の違いを生み出している。
それは空想世界と現実の間をふわふわと浮かぶような心地よさを感じさせ、作品の世界から抜け出せなくなる。
ビジュアルを曖昧にする一方でテキストは詳細に書き込むことによって、読者は想像力を刺激されるわね。
ループものと結びつく日常と変化
瑛は、繰り返すループの中、カフェに取材の挨拶を欠かさない。場合によってキャンセルの電話を入れてみたりもするが、他人に対して理不尽なふるまいをすることもなく淡々と生活を続けていく。
取り乱すのは最初ぐらいで順応性が高いというか、飄々として、まるでループという超常現象に対して気にしていないようにも見える。
一方、理素とミズミはどうか?
彼女らはループ1日目を月曜日、2日目を火曜日、3日目を水曜日……というように決めて、ありもしない1週間のサイクルを創り出していた。
過去の日常と同じように過ごそうとする姿からは未練を感じて痛々しい。
ループを受け入れて淡々と過ごす瑛と過去にすがる理素・ミズミの対比は今を生きる者の強さと過去を生きる者の弱さを表している。
理素の持つ二面性は彼女の魅力だ。
初対面でいきなり瑛に話しかけてきて、トークは止まらず、かと思えば突然関係のない話を展開したり、ババアと罵ってみたり、その行動は若者らしい生意気さの域を超えた横暴さを感じさせ、ちょっと異様なぐらいだ。
理素は自信家で一歩も引かない性格だ。しかし、瑛と会話を繰り返すなかで、尊大な態度のなかにも少しずつ変化が見える。
虚勢の合間からこぼれだすのは現状への戸惑いや未来への不安。また、楽しげにはしゃぐ無邪気な姿からも等身大のティーンらしさが感じられる。
ループのなかで長い時間を過ごすうちに擦り切れてしまった彼女の心を回復させたのが瑛であった。
本作は瑛の目を通して描かれる理素の物語であり、強がりな彼女の魅力が随所に散りばめられている。その魅力がプレイヤーを物語へと引き込んでいく。
Plastic Tekkamaki Manufacturingが描いた”ループもの”は「YouTubeに新しい動画がアップされなくて退屈」……なんて身近なところから、過去に囚われて接点を維持しようとする物悲しさ、未来への恐れまでも盛り込まれていた。
登場人物たちが見せる生きた感情がそれぞれを形作り、その心模様とループが共鳴するストーリーは儚く、美しかった。
逆にこういう性格の子、受け付けないって人にはこのゲームはすすめられないわね。
(私は大好き)
UIとBGMはより実験的に
Plastic Tekkamaki Manufacturingが作品ごとに違いを持たせてきたUIは、本作でもまた新たな形となっている。
右側のほぼ全面を使ったテキストスペースは読みやすい。左に表示されるビジュアルも目を引く。そこに表示されるのは映像だ。加工や画角が監視カメラ映像を思わせる作りで、3人の会話を盗み聞きしているような気持ちにさせられる。
ちょっとした秘密の共有……その空気感醸し出すことで3人とプレイヤーの間に連帯感が生まれ、物語への吸引力を高めている。
場面転換に伴ってUIを変化させる試みも行われており、急激な変化にはドキリとさせられた。
監視カメラ風のビジュアル、UIの変化はいずれも効果的であり、作品の色が強く反映されていた。
BGMは作品を追うごとに実験的な要素を強めている。
1作目『深夜徘徊のための音楽 beats to relax/stray to』ではシンプルにLo-Fi HipHopを聞かせ、2作目『非実在都市伝説の作法 Imaginary Fakelore』ではディープな環境音のかけ合わせが暗澹とした路地裏に複雑な味わいを残した。
3作目の本作ではゆるめなLo-Fiサウンドは変わらず、よりチャレンジした音選びになっている。
全体として音はまろやかで、点でアタックが強く、音の抜け感のあった2作目よりも面で包み込みような音作り。
これは日常を意識させるためのゆるさからだろうが、作品のボリュームが増えたことによる耳の疲労感も抑えられている。
エンディングにはシューゲイザー風のボーカル曲「最近の日常」が使われており、Lo-Fi HipHopの流れからの音楽ジャンル的なズラしもあった。
筆者がとくに気に入ったのが、瑛がはじめてループに入った日の朝に流れる「HIHAT_ONLY」だ。
その名のとおりドラムのハイハットだけが収録された曲であり、チッチッチッチッとハイハットを叩く音だけが流れる。
たまにチーとオープンの音が入るこのサウンドは、ライブの前にPAのボリューム調整で行われるサウンドチェックだろう。
ライブがはじまる前のサウンドチェックを瑛のループがはじまったタイミングで使ったのは物語のはじまりを示唆していておもしろかった。
潰れたハイハットの音がメンテナンスがされていないライブハウスのドラムセットっぽくて、超良い。
『最近の日常的不可思議 Monday Loop』総合評価
総評:傑作
5/5
『最近の日常的不可思議 Monday Loop』はループものを題材としたデジタルノベルだ。
ループの概念を日常の地続きと捉え、過去にすがる物悲しさ、変化への戸惑い、将来への不安などを盛り込んだストーリーはPlastic Tekkamaki Manufacturing独自の世界観を感じさせた。
ビジュアルやBGMとテキストで解像度を分けることでリアルと空想を浮遊するようなプレイフィールを生み出している。
実験的でありながらも物語とマッチしているUIやBGMは提示された世界観をより深く味わうために欠かせないアクセントとなっている。
本作は青春に思いを馳せる大人の心にじんわりと染み入るジュブナイルノベルである。ほんの少し、時間を忘れて非日常感を味わいたいプレイヤーにおすすめするタイトルだ。
- キャラクターの内面を投影したストーリー
- 解像度の異なるテイストを織り交ぜたプレイフィール
- 実験的なLo-Fiサウンド
- 特になし
舞台となる町、登場するキャラクター、BGMなど過去作をプレイしているとさらに楽しめる要素もあるよー!
『最近の日常的不可思議 Monday Loop』関連作品
Plastic Tekkamaki Manufacturingが過去にリリースした2作品もおすすめだ。
処女作である『深夜徘徊のための音楽 beats to relax/stray to』は深夜の町を徘徊する兄妹の会話を絶妙な距離感で描いた作品。
2作目の『非実在都市伝説の作法 Imaginary Fakelore』は路地裏を舞台に新人ライターが先輩と一緒に都市伝説を調べていく過程で社会の暗部に触れてしまうバディもの。
どちらも本作とゆるいつながりを持った作品であるため、興味を持ったら過去作もぜひプレイしてほしい。
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